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      <title>エコECOな気分</title>
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      <description>エコが気になるこのごろです。</description>
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         <title>おしゃれ！サッカーユニフォーム</title>
         <description><![CDATA[
おしゃれなデザインのものがたくさんある、<a href="http://www.alma-japan.com/" target="_blank">サッカーユニフォーム</a>。


今回は、まだそのようなものがなかった頃のサッカーの歴史を紹介したいと思います。


民俗フットボールは告解の火曜日に行なわれることが多かったのですが、それ以外に、教会暦中の他の祝日や日曜日に行なわれることもありました。


四旬節前のフットボールには目をつぶっていた教会も、これについては批判的でした。


・・・たとえば、1572年にロチェスターの主教が、日曜日は安息日であり、教会の礼拝に出席すべき日であるという理由から、この日にフットボールを行なうのを禁止するように要求した記録が残っています。


また、1589年にはチェスターで、2人の男が礼拝中に教会の墓地でフットボールをしていたという理由で罰金を科せられました。


この他にも、安息日の日曜日にフットボールをしたり見物したかどで罰金を科せられた人の記録がいろいろ残っています。


・・・しかし、フットボール批判をもっとも強烈に打ち出したのは、16世紀末から17世紀前半に勢力を強めたピューリタン(清教徒)たちでした。


ピューリタンとは、イングランドの宗教改革は不徹底であり、ジュネーヴの改革を手本にしてさらに徹底した宗教改革をすべきであると主張した、イングランド国教会内部のグループや、国教会外の長老派、会衆派、バプテストなどの諸派について用いられる呼び名です。


特定の宗派を指すものではありませんが、一般的にピューリタンといわれる人びとはカトリック的要素を排除し、聖書に基づく信仰を目指し、安息日を厳守し、奢修と享楽を否定し・・・


そして、自制的生活を送ろうとする、道徳的、宗教的に厳格な人びとでした。


・・・このような道徳的、宗教的信念から、ピューリタンたちは、様ざまなものに対して強烈な批判の矢を放っていったのであり、その批判の対象の一つがフットボールだったのです。


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         <pubDate>Thu, 01 Dec 2011 14:10:40 +0900</pubDate>
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         <title>占星術予言</title>
         <description><![CDATA[カルヴァーとイアンナは、彼らの著書『双子座シンドローム』(1979)の中で、印刷メディアでなされたある特定の占星術予言を数年にわたって追跡調査をして、占星術の主張を調べた。


占星家自身の設定した時間の枠内で、そのできごとが起こらなかった場合、予言は当らなかったと評定されました。


全部で3011件の予言が記録され、そのうちのわずか338件(2%)だけが当っていたにすぎない。


問題となった予言は、アメリカのさまざまな占星術雑誌、著名な占星家によるもの、その他から得られたもので、それらの情報の出所いずれにおいても「的中率」には大差がなく、15%をこえることはなかった。


☆<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">電話占いならココ</a>
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         <pubDate>Sat, 10 Sep 2011 13:01:48 +0900</pubDate>
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         <title>プロジェクターをレンタルして映画を観る</title>
         <description><![CDATA[『ザ・ゴキブリ』という映画があります。


渡哲也が暴力団狩り専門のダーティ刑事・鳴神に扮した『ゴキブリ刑事』の続編ですね。


鳴神に敵意を抱く女(加賀まりこ)がつきまとう。


日活ニューアクション路線なき後、石原プロに所属した渡哲也が松竹、東宝、東映を渡り(シャレじゃない)歩いていた時期の作品。


この刑事役がテレビ『大都会』『西部警察』の原型でしょうか？


この映画を<a href="http://www.rental-station.jp/" target="_blank">プロジェクター レンタル</a>して観たのですが・・・


このテの映画は、時代によって犯人の切り札になる小物が変わってゆくものですね。


昔はたいがい、時限爆弾でした。


時限爆弾。


今聞くと何てローファイな響きなんだ・・・。


その時限爆弾も近頃のように凝ったモノではないので結局、目覚まし時計にダイナマイトがひっついてるタイプでした。


解除する為にはどっちかの線を・・・


何で二者択一なんだ？


その後、登場するのがニトログリセリンでした。


当時、日本で一番有名だった恐しい液体。


やたら、犯人はコレを使うようになります。


親戚が心臓悪くてニトロ持ち歩いてるなんて聞くと「え！？マジで？？」とそろそろ歩いたもんです。


一体、ニトロって何なんだろうか？


この映画の犯人も最後に追いつめられてポケットからニトロの入った小ビンを取り出し渡哲也を威嚇します。


さすがのゴキブリ刑事もビビるのですが・・・


「アンタ、さっきまでポッケの中に入れて走ってたじゃん」


・・・いくつになってもそう思います。

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         <pubDate>Sat, 25 Jun 2011 12:46:19 +0900</pubDate>
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         <title>本当に眠れていないのか</title>
         <description><![CDATA[正常人だろうと不眠症患者だろうと、最初に寝入るまでどれだけ時間がかかるか、また夜間どれだけ覚醒していたか、を見積もるのはたいへん難しいことですから、それを報告する人の性格とまともにからみ合うことになります。

つまり<a href="http://www.bederabi.com/" target="_blank">フランスベッド</a>での入眠まで10～30分の時間経過があっても翌朝思い出すと、それがなんと30分だったり2分だったりになってしまうことがあるのです。

同じように、夜間15分覚醒したとしても、まったく忘れてしまうとか、3時間くらいまでの長さに見積もることだってあるのです。

これを書いている時点で、私たちはちょうど、健康な少女の反応を解析しているところですが、この子は頭を枕に載せるとたちまち寝入ってしまうのです。

ある夜なかなか寝つかれなかったときは、たったの4分経過しただけでしたが、それなのに翌朝彼女は45分もかかったと言うのです！

いつもはこれよりずっと早く眠ってしまうのですが、八夜分の見積もり平均値はそれでもほぼ15分でした。

夜間平均して13分の覚醒期がありましたが、彼女の見積もりの平均は約40分にもなってしまいました。]]></description>
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         <pubDate>Wed, 20 Apr 2011 16:09:38 +0900</pubDate>
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         <title>サプリは増えた？</title>
         <description><![CDATA[2005年2月、厚生労働省医政局・二川経済課長は一般用医薬品産業界に対し、「セルフメディケーションといっても、国民は薬でというより、そもそも健康になりたいということに欲求がある」「国民の志向をちゃんととらえた事業展開が必要だ」と講演しました。

これは、一般用医薬品の出荷額は、1999年の9796億2100万円をピークに減少傾向にあること。

民間シンクタンクの調査によると、健康志向食品と機能志向食品の合計販売額は、95年が9109億5000万円であったのに対し、2004年には1兆9029億1000万円にまで達し、毎年10～20%の伸びで成長していること(図1参照)。

この2つの数値を元にして、医薬品業界に健康食品分野への参入を勧めるかのような指導をおこなっています。

<a href="http://napure.jp/" target="_blank">モリンガ</a>やサプリメントの販売拡大にあたっては、規制緩和の動きが重要な役割を果たしています。]]></description>
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         <pubDate>Wed, 16 Mar 2011 18:34:19 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>英語の発音をきれいにする</title>
         <description><![CDATA[正しい英語の発音ができるための第一歩は、英語と日本語における単音の違いを知り、これらを聞き分け、発音することです。

<a href="http://www.espritline.co.jp/bs/" target="_blank">石川遼　英語</a>もまずは英語に耳を慣らすことからなので、やはり聞くのは大事なんですね。

母音や子音の特徴を知るために、次のような簡単な実験をしてみましょう。

母音の発音鏡の前で日本語のア・イ・ウ・エ・オを一つ一つ切りながら発音します。

その際、唇の形、口の開きぐあい、舌の位置などを注意深く観察しましょう。

次に、口を閉じて同じ5つの母音を発音し、のどの奥にある声帯の振動を指で感じてみましょう。

そのためには中指とその両側の人差指、薬指の3本をまっすぐにのばしてのどに当てながら、もう一度5つの偉音を発音します。

のどの奥にある声帯を構成する筋肉の振動が指先に感じられますね。

英語の母音において大切なのは、一つ一つの音の違いと共に音の長さの違いです。

指をのどに当てたまま5つの母費を、初めはゆっくり、続いてできるだけ早く発音してみましょう。]]></description>
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         <pubDate>Sun, 13 Mar 2011 16:20:47 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>生協の基本理念　8</title>
         <description>この意味での民主主義は、ギリシャには存在しませんでした。


先にいったように、デモクラシーという言葉も制度もギリシャからきたものではありますが、「心としての民主主義」は実はギリシャにはなかったのです。


古代ギリシャは巨大な奴隷社会で、奴隷は人間とは考えられていませんでした。


アテナイは、紀元前5世紀から、たてまえは完全な民主制をとった国でありましたが、当時アテナイの住民の大半は奴隷でしたから、大部分の人間は人間とは認められていなかったのです。


今日から考えれば民主主義ではないのです。


「心としての民主主義」はなかったのです。


アリストテレスでさえも、奴隷は「生きた道具」だといっています。


ついでながらもう1ついいますと、アリストテレスの先生であったプラトンは、理想国家の像を組み立てた人であり、彼の『国家編』という本は早くから日本語にも翻訳されており、非常に有名なものです。


彼の推す「国家」は、完全な共産主義の国です。


今日、われわれが考える共産主義よりも、もっとすさまじいものです。


生産手段が共有であるだけではありません。


消費手段も共有なのです。


ですから、みんな同じ食堂で一緒に食事をするという、そういうものを考えています。


当時の国家というのは、今日から見れば村のような規模のものでしたから、そういうことも考えられたのでしょう。


さらに、物財の共有だけではなく、妻子も共有なのです。


これは旦那さんも共有だということでもあります。


セクシュアル・コミュニズムです。

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         <pubDate>Fri, 15 Oct 2010 12:05:52 +0900</pubDate>
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         <title>生協の基本理念　7</title>
         <description>前回いったように、それぞれ利害長短があるので、形としての民主主義はこれを絶対化することは間違いなのです。


適するか適しないかです。


ある場合には適するし、ある場合には適しないということになります。


そこでアリストテレスは、それらの混合的なものを推奨しました。


これは今日でも参考にされてよいことであり、生協の運営の場合にも考慮に入れられてよいのではないかと思われます。


以上が「形としての民主主義」ですが、今日、民主主義がいわれるときにはもう1つの意味のものがあります。


「心としての民主主義」です。


これは、どのようにして集団の意思を決定するかというその方式ではなく、人々の精神態度にかかわるものです。


内容的には、人間尊重の理念です。


どんな人間でも人間として尊ぶ心です。


これを、われわれは民主的といっているのです。


「うちの親父は非民主的だ」などといわれるときは、形としての民主主義をいっているのではありません。


親父さんの態度についていっているのです。


「うちの上役は非民主的だ」などといわれる場合は、部下にたいする態度をいっているのです。


つまり、心の傾きをいっているのでしょう。


頭ごなしに人を無視してポンポンというような場合を非民主的といいます。


つまり、ここで民主的というのは、人の心や態度にかかわっているのです。


この場合の民主主義は、どんな人間でも、人間を人間として尊ぶ心、といっていいでしょう。

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         <pubDate>Tue, 05 Oct 2010 12:03:25 +0900</pubDate>
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         <title>生協の基本理念　6</title>
         <description>ギリシャにはじまった「デモクラシア」は、現代風にいうと、国家や社会集団の意思の決定方式ですが、このデモクラシアの評価は必ずしも絶対的なものではありませんでした。


たとえば、ギリシャのもっとも有名な哲学者アリストテレスは、国制を3つに区別しました。


第一は君主制、今でいうと独裁制です。


1人の者が集団の意思を決定する独裁的方式です。


第二は、貴族制です。


今の言葉では集団指導制ともいえましょう。


少数のエリートが、全体の集団の意思を決定していく方式です。


第三が、「デモクラシア」、つまり民主制です。


集団の構成員すべてが参加して、意思決定をする方式です。


アリストテレスは、この3つのどれが絶対にいいかということは何も言っていません。


どれもが利害長短をもち、いい点と悪い点があるといいます。


君主制は、いい君主がいる場合は効率もよく、最もいいとし、民主制は物事を決めるのにいつも皆が集まってする方式であるため、効率が非常に悪いとしています。


物事を決定する際、1回1回みんなが集まって合議するよりも、優れた1人の人間が次々に決めていった方が、はるかに効率がよいというわけです。


しかし、君主制は、変な人間が独裁者になると、目も当てられない悲劇的な暴君制になってしまうので最も危険です。


これにたいして民主制というのは、効率は最も悪いですが、危険は1番少ないです。


独裁制と異なり、いつでもチェックがきくからです。

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         <pubDate>Wed, 15 Sep 2010 11:56:21 +0900</pubDate>
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         <title>生協の基本理念　5</title>
         <description>一般に「民主主義」という場合、2つのものが区別されていいでしょう。


1つは「形としての民主主義」です。


形としての民主主義とは、結局のところ、ある集団の意思をどのようにして決定するかという、集団意思の決定の方式です。


デモクラシーは、その言葉も制度もギリシャから始まりました。


ギリシャの場合の「デモクラシー」というのは、国の意思の決定の方法でした。


古代ギリシャの国々はポリス(都市国家)と呼ばれましたが、そのポリスの意思をどのようにして決定するかという、その決定の方式でした。


言い換えると、国制のひとつだったのです。


当時のギリシャには多くの植民地があって、それぞれにポリスがありました。


アリストテレスの著作に出てくるだけでも180ほどあり、実際にはおそらく200を越えていたものと思われます。


ひとるのポリスの人口は平均約1万人で、それがひとつの国でした。


アテナイは特別に大きな国でしたが、それでも最盛期で20万人くらいだったといわれています。


一般には、今でいえばひとつの小さな村か町の規模です。


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         <pubDate>Sun, 05 Sep 2010 11:53:34 +0900</pubDate>
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         <title>生協の基本理念　4</title>
         <description>第一に、生協が人格たる人間、つまりお互いに思いやり助け合う人々の共同体であるとすると、その行う事業は株式会社のように営利目的のものではありません。


また、絶えず自分を拡大し、自分の利益だけを図るものではないはずです。


つまり、協同組合事業の非営利性をいう性格が出てくるはずです。


生協はむろん組合員全員の利益を図りますが、それは基本的に、互いに助け合い思いやる活動、そうした協同の自助組織が行う非営利的な事業でなくてはなりません。


第二に、生協は自由で平等の人間が前提となり、そういう人々がつくっている組織ですから、民主主義の性格をもつものでなければならないはずです。


しかし、通常考えられるたんなる民主主義、すなわち個人が前面に立ち、個人の権利ばかり主張される民主主義とは異なり、互いに思いやり助けあうという決定的に重要な要素が加わった民主主義です。


ジャック・マリタンという人の言葉を借りると、「インテグラルな民主主義」です。


統合的な、あるいは全一的な民主主義ということです。

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         <pubDate>Tue, 10 Aug 2010 11:50:13 +0900</pubDate>
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         <title>生協の基本理念　3</title>
         <description>個人主義的・資本主義的な風潮のなかで、、生協が激しい波風にさらされているのは、当然のことです。


それとともに、全体主義的なロシア、その他の共産圏でも生協が広範に設置されて世界的組織のICAに加入にてくると、問題が起こってきたのも、自然の成り行きでした。


今は妥協の産物といえるやり方がとられていますが、ロシア、中国その他の共産圏諸国が今のままであるとはいえず、今後も変わっていく可能性は十分あるものと見るべきでしょう。


基本的にいうと生協は、個人主義とも全体主義とも対立します。


そのいずれでもなくて、いうならば人格主義、パーソナリズムであり、その上に立った協同組織です。


こうして、人格協同体であるというこの基本的な理念は、きわめて重要な意味をもっています。


協同組合の理念が以上のようなものだとすると、そこから協同組合の基本的な性格も、さらにいくつか帰結されてくることになります。


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         <pubDate>Thu, 05 Aug 2010 11:44:36 +0900</pubDate>
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         <title>生協の基本理念　2</title>
         <description>生協の基本の理念が以上のようだとすると、生協の考え方は、根本において個人主義ではありえない、ということになるでしょう。


生協の理念は個人主義とは対立するものとなるはずです。


個人主義であれぼ、もっぱら自分の利益だけを追求するものとなります。


人と交わるといっても、自分の利益のために交わることになります。


そして、絶えず自分を拡大していこうとします。


株式会社的な組織がこれです。


その基礎には個人主義的な理念があります。


人格協同体たる生協の組織は、このような個人主義的な組織とは基本的に異なり、また異なるものでなければならないのです。


生協の考え方は、個人主義ではないのです。


同時に、生協においては「自由で平等な人格」が前提になるのですから、全体主義でもありえません。


全体主義になれば、個々の人格としての人間の独立はなく、全体が優位して、強制の体制になります。


ですから、自由で平等な人格としての人間が前提になる協同組合は、全体主義にもくみしえないことになるでしょう。


したがって、右であれ左であれ、全体主義というものと協同組合の精神は相容れないはずです。


このように生協の精神は、個人主義でないとともに全体主義でもありえないのです。

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         <pubDate>Thu, 15 Jul 2010 11:42:32 +0900</pubDate>
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         <title>生協の基本理念</title>
         <description>「人格たる人間」は、「個人としての人間」とは異なります。


個人として人は自利を追いますが、人格として人は同時に他を思いやるものとなります。


人間の人間たるゆえんは、人が人格たることによります。


そして、人間として、したがって人格として人が豊かになるのは、どれだけ思いやりがあるかによって決まるものです。


思いやりは、行為としては与えるという形をとります。


このことは、「愛」の世界を考えてみればよく理解できます。


愛する人には、ものをやりたいのです。


自分の命まで与えるのが最高の愛でしょう。


人格として人はそれぞれに自由です。


人格たる限りにおいては人はみな平等です。


そして、人は人格として思いやり、助けあう人間となります。


生協運動の前提になる人間は、こうした人格としての人間でなければならないでしょう。


生協はたんなる人の集まりではありません。


人格的な協同体なのです。


こういうものが生協の基本の理念になくてはならないと思います。


個人主義でも全体主義でもない以上のように見てくると、そこからまた重大なことが帰結されてきます。


これはネガティブに、否定的にいうとよく理解できます。

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         <pubDate>Tue, 06 Jul 2010 11:40:04 +0900</pubDate>
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         <title>エコツアーの計画や実施・・・その１０</title>
         <description>携帯用ディーゼル発電機もエネルギー源として利用できるが、その多くは音が大きく、ツアーの雰囲気を壊してしまいます。

また再充電可能な電池や太陽エネルギーに比べると効率が悪く、公園や保護地区によっては使用が禁止されています。

木材をエネルギー源に使う際には、保護地域から木材を取らないことです。

多くの丸太は野生生物にすみかを提供しており、生態系の重要な要素でもあります。

何であれば容認されるかをよく考え、植林地など環境面で持続可能な資源のものを利用する必要があります。
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">エコ</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">自然</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 17 Jun 2010 15:23:19 +0900</pubDate>
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